先日、拙著を謹呈した友人から電話があった。 「先生、著書を有難うございます。暴力団と戦う時の参考にします。」
多分、彼は表題で判断したのだろう。 残念ながら、彼の想像とは裏腹に、この本は暴力に関するものではなく、 心理系の書物である。 もしも心理学の「タナトス」という言葉が良く知られているなら、 「タナトス肯定が日本を救う」という題名にしたと思う。
「タナトス」とは、フロイトが「リビドー」に対する概念として唱えたものである。 リビドーが「性」、広くは「生」の原始的欲求であるのに対して、タナトスは「破壊」や 「暴力」に対する原始的欲求として唱えられた。 タナトスが他人に向かえば殺人や暴力に、自分に向かえば自傷、自殺になる。
産業医という仕事上、カウンセリングをする事が多いのだが、カウンセリングで感じた 若い人々の精神的脆弱さを突き詰めてゆくと、そこには現代日本における 「タナトスの徹底的な否定」に辿り着く。 それはフロイトの活躍したビクトリア朝の英国では、貞淑な女性が尊重され、 女性の性が無いもののように扱われた結果、多くの女性精神病患者がみられた事に例える事ができる。
その「タナトスの徹底的な否定」に関する原因と対策をまとめたのが、拙著なのだが、 薄学非才の身では、この心理学的問題を上手く表現する事はかなり難しく、 数回の書き直しをおこなったが上手くまとまらず、結局は自分でイラストを描いて、 それに文章を付けるという形で書き上げる事ができた。 イラストレーターの「はやし たけはる」氏には、ほぼ原画通りのコンセプトでイラストを入れて頂き感謝しているが、私の文書力の無さから、かなりの参考文献を読んだとお聞きしている。ご迷惑をお掛けしたものと思う。
拙著は難解ではないと思うが、現代日本と日本人の精神状態に 危惧を持たれていない方には、もうひとつピンとこない書物かも知れない。 私の中では、前作「産業医は見た 失敗から学ぶ健康法」の身体編に対し、 今回は心理編という位置付けであったのだが、専門範囲を大きく超えなければならなかった所が、その困難さの原因だったと考えている。
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